May 16, 2021
目次
1.はじめに - 掃除と幸福の調査について
2.回答者のデモグラフィック
3.幸福度の指標について
4.掃除の分類 - 公共の場の掃除習慣の有無
5.掃除と幸福度の関係について
6.テキスト解析 - テンプルモーニングのお勧め理由
7.結論
8.参考文献
1.はじめに - 掃除と幸福の調査について
マインドフルネスといえば、Googleをはじめ世界中の企業で福利厚生の一貫として取り入れている。マインドフルネスはいま起きていることに意識を向け、とらわれのない状態で、ただ観ることと定義される(Kabat‐Zinn 1991)。瞑想のイメージが強いマインドフルネスではあるが、より日常的にできるマインドフルネスとして「掃除」がある。
マインドフルネスの高い人は幸福度が高いという研究結果(Sugiura 2018)もあるが、掃除をすることと幸福度には関係があるのだろうか。今回、お寺の朝を体験する「テンプルモーニング」の参加者の掃除行動を観察することにより、掃除と幸福について調査分析を行った。
※この調査結果は、松本紹圭, 大成弘子『「テンプルモーニング」アンケートから見る掃除と幸福度の関係』蓮花寺佛教研究所紀要 第十四号(2021年3月)に論文として掲載されている。公開リンクができ次第、リンク予定。
テンプルモーニングは、2017年神谷町光明寺でスタートし、日本各地の24箇所のお寺で実施されている。週2回~月1回の頻度で開催されており、参加は無料。「掃除」、「読経」、「法話や僧侶とのおしゃべり」といったお寺ごとにユニークな朝を皆で楽しむ場として提供されている。
Temple Morning -テンプルモーニング-「お寺で朝、掃除をしませんか?」ー 各地の寺院で行われている、お寺の朝を楽しむ会『Temple Morning (テンプルwww.templemorning.com
2.回答者のデモグラフィック
2021年2月、テンプルモーニングの参加者に対し、インターネットアンケートを実施した。有効回答数は110名。男性54名、女性55名、無回答1名。年代別では40代が38名と最も多かった。
参加しているお寺は神谷町 光明寺69名と最も多かった。ここでは、一人が複数箇所参加していることもあるため、有効回答数とは一致しない。
3.幸福度の指標について
幸福度については、Hitokoto & Uchida(2015)が開発した「協調的幸福度(Interdependent Happiness Scale; IHS)」を用いた。幸福の概念は文化的文脈によって大きく異ることが知られている。アメリカにおける幸福の概念は「個人が自らの能力を駆使することで獲得するもの」と考えられるのに対し、日本や中国では「自分の能力よりもむしろ対人関係の調和や幸運によってもたらされるもの」と考えられている(Uchida 2009)。
テンプルモーニングでは、朝のお寺の時間を過ごすことで個人的なマインドフルネス体験だけでなく、お寺の住職や他の参加者との関わり合いも生まれる。その関係性の中に現れる幸福感を知るには、協調的幸福度(IHS)が実証的測定にはふさわしいと考え、採用することにした。
4.掃除の分類 - 公共の場の掃除習慣の有無
「掃除」は場所や時間を問わず自由に行うことができる。テンプルモーニング以外でも多くの人が掃除を日常的に行っている。そこで、アンケートの回答結果から、公園や近所の神社・お寺といった「公共の場の掃除習慣がある人」と、自宅や職場といった私的な場の掃除習慣のみしている「公共の場の掃除習慣のない人」で分類を行った。
5.掃除と幸福度の関係について
今回の調査においてテンプルモーニング参加者全体の協調的幸福度は3.73となった。Hitokoto & Uchida(2015)によると、日本人成人の平均は3.70であることから、テンプルモーニング参加者は、一般平均的といえる。男女別にみると、男性の協調的幸福度は3.79、女性の協調的幸福度は3.69となり、差はみられなかった(χ二乗検定によるp値は0.41)。
協調的幸福度(IHS)に最も強い効果があったのは「公共の場の掃除習慣の有無」であった。自宅や職場といった私的空間だけでなく、日常的に公園や近所の神社・お寺といった公共の場の場所を掃除をしていることが幸福度の上昇に貢献する(重回帰分析の結果、偏回帰係数0.27、p値0.01)。
また、「知人・友人へテンプルモーニングを勧めたい度合い」も協調的幸福度を上昇させる効果があった(重回帰分析の結果、偏回帰係数0.20、p値0.04)。このお勧め度は、実際に勧めている・いない関係なく、勧めたいと思うかという質問であるため、この結果から言えることは、勧めたいと思うことだけでも幸福度を上げる効果があるといえる。
ただし、因果関係と相関関係は異なる。ここでは相関関係であるため、幸福な人が公共の場を掃除習慣があり、また知人・友人に勧めたいと思うともいえ、どちらが原因で結果であるかは断定的ではない。
6.テキスト解析 - テンプルモーニングのお勧め理由
「公共の場の掃除習慣の有無」が幸福度と関係しているという結果から、どのような理由で勧めたいと思うのか、フリーテキストで回答をテキスト解析にかけた結果、以下のようになった。
「公共の場の掃除習慣がないグループ」では、テンプルモーニングのお勧め理由として最も多かったのが「価値観は人それぞれなので強くは勧めない」であった。ついで、「良い体験ができるから」「気持ちよい・心地よいから」「清々しい気持ちになるから」といった自身の体験を通じて、良かったから勧めたという理由が目立つ。
「公共の場の掃除習慣があるグループ」で最も多かった理由は、「清々しい気分を体験してもらいたいから」「気づきを得られるから」「よい体験ができるから」だった。自身が体験したことが良かったからだけでなく、良かったからこそ同じ体験をしてもらいたいという想いが読める結果となった。
次に、テンプルモーニングお勧めの理由を感情分析を行った結果が以下である。感情分析とは、文章に現れる喜び、好き、悲しみ、恐れ、怒りの5つの感情を測定したものである。
公共の場の掃除習慣がないグループは、テンプルモーニングお勧め理由の感情として最も強くでているのは、「喜び」である。一方、公共の場の掃除習慣があるグループは、「悲しみ」が最も強く出ている。「喜び」については、テンプルモーニングで掃除することに喜びを感じているから人に勧めたいという文脈においては理解ができる。しかし、「悲しみ」の感情が、幸福度との関係性がみられる公共の場の掃除習慣があるグループにおいて最も強くでたのはなぜだろうか。
協調的幸福度を開発した内田先生、一言先生に、今回の調査結果を共有したところ、協調的幸福度には「利他」が含まれる概念であるということをご回答いただいた。ここに、「悲しみ」感情が出現したヒントがある。
利他とは、自分と他者の無為な関係によって生じるものである(伊藤亜紗ら, 2021)。作為的な関係では利己的利他となってしまう。たとえば、自分が何かを与えたらその見返りを期待するようなことは、言い換えれば、利他の押し付けである。良い利他とは、自分も他者も幸福になることであり、悪い利他は、自分もしくは他者の犠牲で成り立つ幸福のことである。
利他は、慈悲とも大きく関連する。他者が苦しんでいるときに同情することが「悲」であり、苦を抜いてやろうとするときが「慈」であるという(中村元, 2010)。すべての現象は縁起しており、相互依存の関係性の中で、生きている。ゆえに、他者の喜びも悲しみも苦しみも自らのものとすることができることが慈悲の実践だともいう(石上智康, 2009)。
公共の場の掃除習慣のあるグループがテンプルモーニングを勧める理由に、テンプルモーニングが良かったというだけでなく、他者にもその喜びを与えたいという抜苦与楽的な利他性がそこには読み取れる。この心理的な動きがテキスト解析で「悲しみ」の感情があると現れたのではないか。
7.結論
掃除と幸福の関係の調査を通して、公共の場の掃除習慣のある人々ほど幸福度が高い傾向にあった。また、その根底には、利他または慈悲の実践があった。幸福だから公共の場の掃除をするのか、公共の場の掃除をするから幸福なのか、その因果は定かではない。しかし、ちょっとだけ外にでて、公園やお寺・神社を掃除することで、幸福度はあがるかもしれない。そして、その利他的な行動が、環境問題、高齢社会といった様々な問題を解決する行動につながっていくのではないか、そんなことが垣間見えた結果であったと思う。
8.参考文献
Hitokoto, H., Uchida, Y. Interdependent Happiness: Theoritical Importance and Measurement Validity. Journal of Happiness Studies, 2015.
Kabat‐Zinn, J. Full. Catastrophe Living: Using the Wisdom of Your Body and Mind to Face Stress. Delta, 1991.【日本語訳】ジョン・カバット・ジン『マインドフルネスストレス低減法』春木豊訳 北路書房 2007年
Sugiura, Y., Sugiura, T. “Mindfulness as a Moderator in the Relation Between Income and Psychological Well-Being.” Frontiers in Psychology, 2018.
Uchida, Y., M., S. S., Markus, H. R., & Bergsieker, H. B. “Emotions as Within or Between People? Cultural Variation in Lay Theories of Emotion Expression and Inference.” Personality and Social Psychology Bulletin, 2009.
石上智康『「この世」と「あの世」を結ぶことば―仏教の智慧を生きる』徳間文庫 2009年
中村元『慈悲』講談社学術文庫 2010年