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Sep 29, 2021

株式会社IHI技術開発本部で毎年開催されている夏祭りの前夜祭にて、「繋がり」をテーマにオンラインで講演しました。IHIは1853年(嘉永6年)創業、167年の歴史を持つ老舗の機械メーカーです。技術開発本部は、IHIの技術を支える部門としてイノベーション創出に取り組んでいます。IHIが提供する製品の開発は数十年に及ぶものもあり、一世代だけでは完成せずに次の世代にバトンを引き継ぎ、ようやく果実を得る場合もあります。そんなロングタームなビジネスの技術を支えるIHI技術開発本部と、未来世代に何を引き継いでいくのかを対話してきました。



本日は「繋がり」というテーマで講演に呼んでいただきありがとうございます。わたし(松本紹圭)は、現代仏教僧ではありますが、お経や弔事とは離れ、仏教を現代的な形で表現できないかと考え、そのフロンティアとして活動しています。


先ほど、IHIでは社員のウェルビーイングを向上させる取り組みに力を入れているというお話を伺いました。ウェルビーイングはよく考えるテーマです。最近では企業からもよく声がけをいただきます。コロナで繋がりが失われ、孤立、孤独といった問題に悩まされる人が増えています。それに対し、仏教での見方は、「あらゆる人の存在は関係性の中にある」と考えます。「縁起」や「空」で表現します。あらゆるものは繋がっている、それそのものだけで成り立っているものは何一つない。わたしたちは孤立しようにも孤立できない。この繋がりを英語ではInterbeingといいます。繋がりを一つひとつみるのではなく、全体でみていきます。


今回IHIを紹介してくれた友人は「産業医」ですが、いまの時代、「産業僧」も必要なのではないかと言い、わたしが「産業僧」として活動するきっかけをつくってくれました。「産業僧」の活動の一つは、僧侶と社員が1on1で対話することです。そこでは、あえてコーチングといわず、ゴール設定もしない、話の中身も会社や人事に一切共有しない、完全フリースタイルで対話をします。そうすると、会社の人間関係だったり、家族の悩みだったり、人生相談だったりといった幅広い会話がそこに立ち現れます。


対話中は、医療にも使われている音声感情解析を使って、声からでる感情を計測しています。会話の内容ではなく、声の音だけを感情解析します。音声感情解析の結果、僧侶対話のあとに「悲しみ」の感情が増えたことがわかりました。「悲しみ」と聞くと、一見、不満足だったのかと思ってしまうのですが、フィードバックでは満足度高く、またやりたいという声もありました。さて、これをどう解釈するか。独立数学者の森田真生さんが、「悲しみという感情は、いろんな感情の器なんだ」と言っています。「悲しみ」を持つことは悪いことではありません。仏教では「慈悲」(英語ではcompassion)という言葉があります。共感できる器としての「悲しみ」があるのです。


どんな組織、どんな宗教もそうですが、枠組みの中にいると、言いたいことがいえなかったりします。会社では、感情のスイッチを切る人もいます。スイッチを切らないと耐えられないからです。でもそうすると、「苦しみ」が増していくのです。結果、メンタル不調を引き起こします。だから、「産業僧」との対話で、普段、切ってしまっているスイッチをいれてあげると、「自分は苦しかったんだ」ということを感じられるようになります。「自分自身との共感」がでてくるのです。スイッチを切って、役割にハマってしまうと、苦しくもなるし、イノベーションも起きてこないのです。


いろんな企業とお話する中で、「四半期決算」というショートタームで目先のことに追われてしまうという話をよく聞きます。日々、目の前のことに追われると、ゆっくり考えることができなくなります。イノベーションが起きにくくなります。イノベーションが起きにくくなっているのに、会社からはイノベーションを起こせといわれ、苦しんでいる人が多いと思います。その中で、どうやって自分を取り戻していくのか、それを「産業僧」として試みています。お坊さんの仕事とは、何百年と続いてきた舞台背景にありながら、何を受け継いで、何を未来に引き継いでいくのかを考える、まさにロングタームの視点で考えていきます。


さて、今回のIHIとのご縁もあり、IHIの歴史について調べてみました。創業1853年(嘉永6年)で、今日まで事業をなしてきていること、繋がってきていることに凄さを感じます。わたし自身もIHIと繋がっています。例えば、わたしがよく使う「東京駅」。鉄骨の製作・組立てはIHIが行ったと聞きます。先人たちの仕事が東京駅という形に反映されています。また、レインボーブリッジ、東京湾横断道路(アクアライン)、横浜ベイブリッジなどのインフラもIHIの先人たちの仕事です。IHIはグローバルにも展開していますので、人類の多くの人がIHIと関係していてその恩恵を受けているともいえます。


今年9月に『グッド・アンセスター』という本を翻訳しました。イギリスの哲学者ローマン・クルツナリックさんの著書です。この本は、先祖に良い人・悪い人がいるという話ではありません。本日、ここに集まっている人たちは100年後には誰も生きていません。そして、同時に、ここにいるみんなが誰かの祖先になっています。わたしたち自身も過去にIHIで働いていた祖先たちに影響されています。100年後の未来からみて、いまのわたしたちは、良いものを残したといわれるのか、悪いものを残したといわれるのか、どちらだろうか。今回のテーマは「繋がり」。リモートワークが増えると、横の繋がりが薄くなると言われます。しかし、縦(過去や未来)の繋がりも認識することが大事です。IHIのロングタームなビジネスは林業のようなものであるといわれます。前の世代が苗をうけ、次の世代が育て、その次の世代が伐採する。どんな苗を植えるのか。どんな苗であっても社会に繋がっています。


「未来に何が残せるか」


それが『グッド・アンセスター』が問うていることです。


本日は「夏祭り」の前夜祭です。「祭り」は「政(まつりごと)」といったようにいろんな漢字があてられます。感謝や祈りの儀式としての祭り。対象に向けてお供えものをしたり、お焼香で香りをお供えしたりします。そういう儀式をするのが「祭り」です。「祭り」は、みんなで盛り上がって楽しむこともありますが、わたしたちは大きな繋がりの中で生きていることを再確認する場でもあります。「ハレとケ」という言葉がありますが、日常では忘れがちな大きな繋がりを「ハレ」として、一人で思い出すのではなく、みんなでそういう存在を思い出すことが「祭り」の役割でもあります。


「祭り」は、普段の我を忘れて、お酒を飲み、無礼講になったり、正気を失ったりする場ではあります。しかし、そのようでいて、「祭り」は、普段、枠組みの中で役割にハマり込んでいるがゆえに正気を失ってしまっている自分が「正気を取り戻す場」なのではないでしょうか。縦も横も繋がっていく今日のこの場。大きなところから自分をみる機会がコロナによって失われがちですが、「100年後の未来の人たちからみたときに、自分がやっている仕事はどう評価されるのであろうか」、そんな普段考えないような、でも本当は大事な問いがみつかるような場になると、この祭りは成功なのではないかと思います。そして、長い歴史を持つIHIだからこそ、100年後の未来について、大真面目に考えるべきなのではないかとも思います。

老舗企業IHIが未来世代に引き継いでいくもの

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